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「カイロプラクティックたんぽぽ」院長のブログです
機能解剖学的に、とか

運動学的に、とか、何かの基準を設けると、

そこにはその基準の中での「正しさ」が生まれます。

でも、

この「正しい」というのが曲者で、

それはある基準の中での「正しさ」であって、

その枠組みを変えてしまうと、

それは必ずしも「正しい」とは言えなくなることもあります。

正しい姿勢

正しい動き

正しい感覚

というと、どこか窮屈さを感じてしまいます。

「正しい」という言葉のもつ力なのかもしれませんが、

何か、絶対的なものに縛られていて、息苦しい感じとでも言いましょうか。


でも、

「正しい」が、ある基準、価値観、枠組みの中でのものであって、

必ずしも絶対的なものではないと気が付くと、

そこにある「正しさ」を受け入れやすくなります。


これは、人のカラダに限らないのかもしれませんが、

「正しさ」とは何か、ということを考えた時、

設定している基準、枠組みを相対化することが大切かもしれません。

そして、

その中で、見えてくる「正しさ」とは、

「偏らない」ということなのことかな~、って

最近は考えております。